大地町の漁業組合長に脅迫文~八つ裂きにしてもおさまらん~


WS1026

大地町の漁業組合長が脅迫されたそうです。

イルカ漁反対派の方からなんでしょうね。

この手の問題で最近読んだ話で驚いたのが

イギリス人の反捕鯨派の人に「キミらはキツネ狩りをしてるじゃないか」と批判をし返すと

「バカ言うな、僕たちはキツネを食べてない、鯨やイルカを食べる君たちと一緒にしないでくれ」と怒られたという話し。

実話かどうかの確認はしてませんが、本当なんですかね?

私達日本人からしたら「食べもしないのに、銃で撃ったり殺したりするなんてかわいそうじゃないか」と思いますが

イギリス人は「食べないだけマシだろう」と思うらしい。。。

これって、わかりあえるわけないですよね。

価値観が全く違ううのですから。

私は思うのですが、民族の価値観の差を言い争う前にですね

「自分とは違う考えの人の存在を認める」っていう姿勢が大切だと思います。

「認める」と決めたら話を聞くしかないのです、そこに居ることを認めたのですから。

シーシェパードのように暴力で訴えても(話しあわずに相手を認めないと言う態度を貫けば)おそらく遺恨が残るだけです。

遺恨が残るということは、歴史というのは揺り返しの連続ですから、どちらかが勝った負けたを繰り返すだけです。

ただの戦い(暴力)です。

・・・と、言うことは考えるのですが、一点困ったことも思いつくのです

「首狩り族が首を狩る文化は”絶対にしてはいけない”と暴力的に押しつけてはいけないのだろうか?」と。

「自分が狩られたくないから、”首狩りはやめて”と言うことができる」という解答が思いつきます。

はて?

自分達が狩られたくないという自分達の都合で、相手の文化を否定してもいいのでしょうか?

私の解答は「やめて」とは言ってもいいが、「やめろ」はダメだ。

です。

そして粘り強く交渉もしてはいけないと思う。

それは文化の否定です。

ではどうするべきか?

「怖いから近づかない」

それしかないでしょう。

文化はいつかは廃れるかもしれませんね。

自然に廃れるのは仕方ないでしょう。

我々が気に入らない文化を保護する必要もないでしょう。

無理に仲良くする必要も無いでしょう(耐えれない程の文化なら)

でも、戦って殺すことも暴力で解決するのも反対です。

文化をどうするかは、その文化を大事にしている人たちで考えるしかありません。

「この文化は終わりにしよう」そう思わせることができたら

首狩り反対派としては喜ぶべきなのかもしれませんが、やっぱり喜ぶべきではなくて

一つの文化が失われたことを寂しく思い、”何故彼らにはその文化があったのか?”を考えてみるべきでしょう。

私は暴力で解決することは全く正しいと思えないです、どうすれば相互理解(相手の存在を認める)できるのかを考えることを優先すべきでしょう。