「ブタがいた教室」とかいう映画

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先に断っておきますが、私はこの映画を観ていません。

今後観るかどうかもわかりません。

ずいぶん昔ですがラジオの映画紹介でたまたま聴いて強く印象に残ってるだけです。

ですから今から書くことは映画の感想ではありません。

どういう映画かと言うと

実際にこういう授業を行った小学校があったそうです。

①豚をみんなで飼育する

②可愛がる

③卒業までに食べるかどうか決める

(たぶん)④投票の結果みんなで食べることになって食べた

今回なんで記事にしようと思ったかと言いますと

「自分の感覚は間違っていたのではないか?」と思い立ったので。

その「間違った感覚」とは?

「食べてる物が動物って理解するのは難しいのだから、食用にする動物を育ててから食べてみるのも残酷だけどあっても良いのでは?」くらいに思っていた。

急に考えが変わった理由

その前に言わないといけないだろうけど「絶対に間違っている」ということもなければ「絶対に正しい」ということも無いと思う。

考えが変わった理由は「食事」からは少し離れるんですが、私は子供の猫を飼っています。

この猫が私に飛び掛かってじゃれてきたり、脇の間に挟まってゴロゴロ上機嫌で喉を鳴らしたり、私を母親だと思ってる気がする。

拾った猫だけど、100%人間に飼われていて捨てられた子だろうと思う。

だから私が母親なわけもなければ、最初からの飼い主でも無いことは猫もわかってるだろうけど

それでも安心しきって傍にいる。

私はこの猫の「母親」ってことでいいんだろう(男の猫は育児しないからね)

子ブタを飼えばたぶん同じことが起きる

子ブタだって私を母親のように思って安心しきると思う。

だいたい「子供」という立場では保護者に甘えて生きていくしかない、保護してやって「安心するな」ってのは動物の本能的に無理な話だろう。

だから「ブタがいた教室」のブタからすればまわりの小学生は兄弟のような存在だったり

親みたいだったり、群れの仲間だったんだろうと思う。

人間の子供たちからしてもそうだったのでは?

最近ネットでSNSとか始めちゃってさ

話はすごく飛ぶんですけど、SNSを始めたんですよ

TWITTERにFACEBOOKにGOOGLE+

そのSNSをやってたら「儲け話」に勧誘してくれるありがたい人達がゾロゾロ現れるんですよ。

私18歳の頃からよくネズミ講に誘われる男でして、ネズミパーティにも何回か参加したことがあります。

今でも誘われたらまた行くかもしれません(笑)

まあ、会員になったことも商品を買ったことも無いんですけどね。

ネズミ講(現在はネットワークビジネスって言うみたいだけど)は「友情の換金システム」って言われてます。

商品を買ったところでどっちみち友情は壊れます、諦めましょう。

SNSをやっていて、友人たちがネズミ講にはまっていった時の残念な気持ちを思い出したりします。

まあ、ネズミ講は悪意でやってるばかりでなくて、善意でやってる人もいるのでいいのですが、一番残念なのは「悪意を自分に向けてくる人」ですよね。

私はそこまでは感じ取れたことは無いですが「自分が詐欺のターゲットにされる」ってのは嫌です。

でもこの世に詐欺師はたくさんいますし、たくさんの人が騙されています。

ニュースに出てくる詐欺師の言い分は「騙してなんかいない」がお決まりの文句です。

詐欺師がSNSに大量に湧いてるのは、彼ら(詐欺師)も気楽なんだと思います。

私は彼ら(詐欺師)の友達じゃないですからね、騙すのに胸が痛まない 

 

詐欺とは言えないかもしれませんが

2ちゃんねるとかのアフェリエイトの板では「いかに訪問者を騙すか」が語り合われてたりします。

まあ可愛いモノかもしれないですけどね「美容って儲かると思うから、俺おっさんだけど、24歳のOLって設定でサイト立ち上げるわ」なんて会話を普通にしています。

(その後彼は女性から美容相談が来るようになったので、ちゃんと聞いてあげてると言ってました)

信頼を裏切られるのって凄く嫌じゃないですか?

でもまあ、ネットで知り合った相手は顔を見たことも無いのだから「裏切ること」への敷居は低いと思います。

 

で、考えてみると

顔見知りを騙したくない→ネットを活用しよう→知らない人を騙そう

って考えは悪いことでも、良心のある人間なら当然かもしれません。

私にSNSを通して、儲け話を持ってきてくれるおっさんもお嬢さんも悪い人では無いのでしょう

むしろ良心を痛めないために、赤の他人の私を選別して騙しにかかったのだとしたら、人間らしい心を持った人達ですね。

逆に考えたら

仲間を裏切る奴は人間じゃない。

つまり私が私の飼ってる猫を裏切ったら、私は「人の心を失った」ということです

死ね

飼い猫を裏切るような奴は「死ね」の一言でいいような気がします。

さて、飼いブタの話に戻りましょう

この授業「仲間」を裏切ってますよね・・・。

「それはブタが一方的に思ってただけじゃない?」と解釈しますか?

子供たちは最後は食べる豚だから可愛がらずに無視でも決め込んだんでしょうか?

そんなことは無いだろう、

仲良くしてたら食べちゃいけないよね

 

・・・と私は思うのですがどうでしょう?

 

詐欺グループが赤の他人を騙すのはいいでしょう、まだ人間的です。

詐欺グループがグループ内で一番弱い立場の詐欺師(ブタ・仲間)を騙したら、人間的じゃないでしょう?って私は思うんですよ

「グループ内の一番弱い仲間は守ってやれよ、人間の心があるんなら」と思います。

そしてこれは授業です

「自分たちがブタさんを食べている」ということを教えるために

道徳がなくなっているような気がする。

「とは言え、その豚でなくとも他の豚は食うわけじゃん」ってのも正論ではあるんだけど

うちの猫の子と豚の子にそんなに違いがあるとも思えないんですよね。

「可愛がってから食わなくてもいいだろう」

「豚を飼ったら、豚の心を想像するのも人間だし、豚の気持ちになれば食べられたくないし、仲間だと思ってた子らに裏切られたくない、裏切られた豚の心を想像する子供らも苦痛だろう」

授業としてはやめた方がいいんじゃない?

と、思うんだけどどうだろう?

仮に私に子供がいて

ブタの授業を「受けてもいい」し「受けなくてもいい」と選択できるのなら

私は「受けなくていい」を選ぶと思う。

子供がどうしても「ブタを飼ってから食べたい」と言い出したら「(心が破壊されるかもしれないから)やめとけ」と言うと思う。

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